【AWS DeepRacer入門】初心者でも楽しく強化学習を学べる仕組みと始め方を解説

【AWS DeepRacer入門】初心者でも楽しく強化学習を学べる仕組みと始め方を解説

AIや機械学習という言葉を耳にする機会が増えました。エンジニアとしてのキャリアアップや、新しい趣味として興味を持っている方も多いはずです。

しかし、いざ勉強を始めようとすると「数学が難しそう」「ハイスペックなPCがないと無理」といった壁にぶつかることがよくあります。専門書を開いても数式ばかりで、そっと本を閉じてしまった経験はないでしょうか。

そんな方にこそおすすめしたいのが、Amazon Web Services (AWS) が提供する「AWS DeepRacer」です。

これは、1/18スケールのレーシングカーを自律走行させるためのサービスです。難しい数式を解く必要はありません。クラウド上の3Dシミュレーターを使って、ゲーム感覚でAIモデルを作成し、育てることができます。

本記事では、初心者の方に向けてAWS DeepRacerの仕組みから始め方、気になる料金体系までを徹底解説します。読み終わる頃には、あなたも自分のAIレーシングカーを走らせたくてうずうずしていることでしょう。

そもそも「強化学習」ってなに?犬のしつけで理解しよう

そもそも「強化学習」ってなに?犬のしつけで理解しよう

DeepRacerを始める前に、その裏側にある技術「強化学習(Reinforcement Learning)」について理解しておきましょう。

名前だけ聞くと非常に難解な技術に思えます。しかし、基本的な考え方は私たちの身近にある「学習」のプロセスと何ら変わりません。もっとも分かりやすい例は、犬のしつけです。

「試行錯誤」が成長の鍵

新しい芸を犬に教える場面を想像してみてください。「お座り」を教えたいとします。

最初は犬も何をすればいいのか分かりません。いろいろな動きを試します。たまたま偶然「お座り」の姿勢をとった瞬間に、飼い主が「よし!」と褒めておやつをあげます。

犬はこう考えます。「お尻を地面につけたら、美味しいものがもらえたぞ」。

これを繰り返すと、犬は「お座り=良いこと(報酬)」と学習し、自ら進んでお座りをするようになります。逆に、吠えたり暴れたりしたときに無視をしたり叱ったりすると、その行動は減っていきます。

このプロセスこそが強化学習の基本です。AI(エージェント)が環境の中で行動し、その結果として得られる「報酬(スコア)」を最大化するように学習していきます。

DeepRacerにおける学習サイクル

この犬のしつけの仕組みを、DeepRacerという車の世界に置き換えてみましょう。ここでの主役は犬ではなく、自動運転車(AI)です。

DeepRacerは以下のサイクルを高速で繰り返すことで、運転技術を向上させます。

1. **観察 (Observation):**

車の前方に搭載されたカメラがコースの状況を見ます。コースの形、壁までの距離、自分の位置などの情報を画像データとして取得します。

2. **行動 (Action):**

AIは観察した情報をもとに、次の瞬間にどう動くかを決めます。ハンドルを右に切るのか、左に切るのか。アクセルを全開にするのか、ブレーキを踏むのか。最初はランダムに動きますが、徐々に賢くなっていきます。

3. **報酬 (Reward):**

行動の結果、車が良い状態にあれば高い点数(報酬)をもらえます。逆にコースアウトすれば低い点数、あるいは罰則が与えられます。

このサイクルをシミュレーター上で何千回、何万回と繰り返します。最初は壁にぶつかってばかりだった車が、試行錯誤を重ねるうちに「壁にぶつからない走り方」や「最短ルートを通る走り方」を自ら発見していくのです。

人間が「ここでハンドルを右に30度切れ」とプログラミングするわけではありません。AI自身が経験を通じて最適な運転方法を学び取る点に、強化学習の面白さと可能性があります。

なぜDeepRacerが学習に最適なのか

機械学習の分野には、他にも「教師あり学習」や「教師なし学習」といった手法が存在します。これらは大量のデータセットを用意したり、複雑な統計分析が必要だったりと、準備段階でのハードルが高い傾向にあります。

一方、DeepRacerで扱う強化学習は、シミュレーターという「環境」さえあればすぐに始められます。AWSがその環境をすべて用意してくれているため、ユーザーは「どうすれば車を褒めてあげられるか」を考えることに集中できるのです。

結果が「車が速く走る」という目に見える形で現れるのも大きな魅力です。数字の羅列を見るだけではなく、自分の育てたAIがコースを疾走する姿を見る感動は、他の学習方法では味わえない特別な体験となるでしょう。

DeepRacerの頭脳「報酬関数」が面白い!

DeepRacerの頭脳「報酬関数」が面白い!

DeepRacerにおいて、ユーザーが最も注力すべきポイントが「報酬関数(Reward Function)」の設計です。

これは、先ほどの犬のしつけの例で言えば「どのタイミングでおやつをあげるか」を決めるルールブックのようなものです。このルール次第で、AIの性格や走り方は劇的に変化します。

Pythonで記述するAIの評価基準

報酬関数はプログラミング言語のPythonを使って記述します。「Pythonなんて書いたことがない」という方も安心してください。基本的には短いコードのテンプレートが用意されており、パラメーター(数値)を少し書き換えるだけでも十分機能します。

AWSのコンソール画面にはエディタが用意されており、そこで直接コードを編集できます。複雑な環境構築は一切不要です。

報酬関数では、シミュレーターから提供される様々な変数を活用します。例えば以下のような情報が使えます。

  • **track_width:** コースの幅
  • **distance_from_center:** コース中央からの距離
  • **all_wheels_on_track:** 全てのタイヤがコース内にあるか
  • **speed:** 現在のスピード
  • **steering_angle:** ハンドルの角度

これらを組み合わせて、「どのような状態なら高得点を与えるか」を定義していきます。

どのような走りを目指すか?

報酬関数の設計によって、車の挙動は大きく二つのタイプに分かれます。「安全運転タイプ」と「スピード重視タイプ」です。

1. 安全運転タイプ(完走狙い)

初心者が最初に目指すべきスタイルです。とにかくコースアウトせずに、確実にゴールまでたどり着くことを目的とします。

この場合の報酬関数は「コースの中央をキープすること」を重視します。「distance_from_center(中央からの距離)」という変数を使い、この値が小さければ小さいほど(中央に近いほど)高い報酬を与えます。

逆に、タイヤがコースからはみ出しそうになったら報酬を極端に下げます。こうすることで、AIは「真ん中を走ることが正義だ」と学習し、ふらつきの少ない安定した走行をするようになります。

2. スピード重視タイプ(タイムアタック)

慣れてきたら挑戦したいのがこのスタイルです。直線を高速で駆け抜け、カーブでは適切な速度で曲がることを目指します。

単純に「speed(速度)」が高いほど報酬を与えると、カーブでも減速せずに突っ込んでコースアウトしてしまいます。そこで、「直線の時はスピードを出すと高得点」「カーブの時はスピードを落として、かつ最適なラインを通ると高得点」といった具合に、条件を細かく設定する必要があります。

試行錯誤こそが醍醐味

完璧な報酬関数を一発で作ることは、熟練のエンジニアでも困難です。実際にシミュレーターで走らせてみると、予想外の動きをすることが多々あります。

  • 「ジグザグに走ったほうが距離を稼げて報酬が増える」とAIが勘違いして蛇行運転を始める。
  • スピードを出しすぎて、すべてのカーブで曲がりきれずに壁に激突する。

こうした失敗を観察し、「なぜAIはそう判断したのか?」を推測してコードを修正します。「ジグザグ走行には罰則を与えよう」「ハンドルの急激な操作を禁止しよう」といった改善を繰り返すプロセスは、まさにエンジニアリングの本質です。

自分の意図通りにAIが学習し、見事なコーナリングを決めた瞬間の喜びはひとしおです。この「仮説・実行・検証」のサイクルを回す楽しさこそが、DeepRacerの最大の魅力と言えるでしょう。

知識ゼロからの始め方ガイド(AWSコンソール・Student)

知識ゼロからの始め方ガイド(AWSコンソール・Student)

DeepRacerに興味が湧いてきたところで、実際に始める手順を解説します。

特別な機材は必要ありません。インターネットに繋がるパソコンとブラウザ(Google ChromeやFirefoxなど)があれば、今すぐにでもスタートできます。

ステップ1:利用方法を選ぶ

DeepRacerを始めるには、大きく分けて2つの入り口があります。自分の状況に合わせて選びましょう。

**A. AWS DeepRacer Student(学生・学習者向け)**

最も手軽で、リスクなく始められる方法です。クレジットカードの登録が不要で、完全無料で利用できます。「Student」という名前ですが、学習意欲のある方なら誰でも参加できるプログラムとして開放されています(※条件は変更される場合があるため公式サイトを確認してください)。

学習コンテンツも充実しており、基本から学びたい方に最適です。ただし、機能の一部に制限がある場合があります。

**B. 通常のAWSアカウント**

AWSの全機能を使いたい場合はこちらです。クレジットカード情報の登録が必要ですが、初回登録時には「無料利用枠」が適用されることが多く、一定時間は無料で試せます。ビジネスでの活用や、より高度な設定を行いたい場合はこちらを選びましょう。

以下は、通常のAWSコンソールを使用する場合の手順を中心に解説します。

ステップ2:モデルの作成 (Create Model)

AWSの管理画面にログインしたら、検索バーに「DeepRacer」と入力してサービスを開きます。画面の指示に従って「Create Model」ボタンをクリックしましょう。

ここでモデルに名前を付けます。「MyFirstRacer」など、愛着の湧く名前をつけてあげてください。

次に、トレーニングを行うコースを選択します。最初はシンプルなオーバルコース(楕円形)や、カーブの少ないコースを選ぶのが無難です。複雑なコースを選ぶと、AIが学習するのに時間がかかり、難易度も跳ね上がります。

ステップ3:報酬関数の選択と編集

ここが一番の重要ポイントですが、最初は難しく考える必要はありません。AWSが予め用意してくれている「サンプルコード」を利用しましょう。

  • **Time trial(タイムトライアル):** とにかく速く走るための基本設定。
  • **Object avoidance(障害物回避):** コース上の障害物を避ける設定。
  • **Head-to-head racing(対戦):** 他の車と競走する設定。

最初は「Time trial」用のデフォルトコードを選び、そのまま使用します。コードの意味がわかるようになったら、数値を変えたり条件を加えたりしてカスタマイズしてみましょう。

ステップ4:トレーニングの実行

設定が完了したら、「Train model」ボタンを押して学習を開始します。ここから先はクラウド上のサーバーが自動で行ってくれます。

トレーニング時間は、最初は60分(1時間)程度に設定するのがおすすめです。あまり短すぎると学習しきれず、長すぎると料金がかさんでしまいます。

トレーニングが始まると、画面上にシミュレーターの映像が表示されます。最初は車がコースアウトばかりしていても心配ありません。グラフ上の「平均完了率(Percent complete)」が徐々に上がっていけば、学習が順調に進んでいる証拠です。

ステップ5:評価 (Evaluation)

トレーニング時間が終了したら、学習したモデルの実力をテストします。「Evaluation」タブから評価を開始しましょう。

ここでは学習時とは異なり、AIは学習を止め、身につけた知識だけでコースを3周走ります。完走できるか、タイムはどれくらいかを確認します。

もし満足のいく結果が出れば、そのモデルは完成です。思うように走れなければ、報酬関数を見直したり、ハイパーパラメータ(学習の速度などを調整する設定値)を変更して、再度トレーニングを行います。

この一連の流れは、まるでRPGでキャラクターを育ててボスに挑むような感覚に似ています。PC画面の前で「がんばれ!」と応援したくなるはずです。

気になる料金と注意点(課金で失敗しないために)

気になる料金と注意点(課金で失敗しないために)

楽しく学べるDeepRacerですが、AWSのクラウドサービスを利用するため、コストについては正しく理解しておく必要があります。

「気づいたら高額な請求が来ていた!」という事態を防ぐため、料金体系と注意点をしっかり押さえておきましょう。なお、以下の料金は米国の東部リージョンを基準とした目安です。

主な料金構成

DeepRacerの料金は従量課金制です。使った分だけ支払う仕組みになっています。主に以下の3つの要素で料金が決まります。

1. **トレーニング料金(約 $3.50 / 時間)**

モデルを学習させている時間に対する課金です。これが最も大きな割合を占めます。例えば、2時間トレーニングを行えば約7ドル(約1000円前後)かかります。高性能なコンピューティングリソースを使用するため、それなりの金額になります。

2. **ストレージ料金(約 $0.023 / GB / 月)**

作成したモデルのデータを保存しておくための料金です。これは非常に安価で、モデルを大量に保存しない限り、月額数十円〜数百円程度で収まることがほとんどです。

3. **評価(シミュレーション)料金**

学習後のモデルをテスト走行させる際にも、トレーニングと同様の時間課金が発生する場合があります。ただし、トレーニングに比べれば時間は短いため、費用は少なめです。

無料利用枠を賢く使おう

AWSアカウントを新規作成してから最初の1ヶ月間は、DeepRacerの無料利用枠が適用されることが一般的です。具体的には、10時間分のトレーニング時間が無料になるなどの特典があります。

まずはこの無料枠の範囲内で、報酬関数の書き方や設定のコツを掴むのが賢いやり方です。AWSの請求ダッシュボードをこまめに確認し、無料枠をどれくらい消化したか把握しておきましょう。

【重要】トレーニングの「停止」を忘れずに

DeepRacerを利用する上で、最も注意すべき点が「トレーニングの終了」です。

通常、トレーニング作成時に設定した時間(例:60分)が経過すれば自動的に停止します。しかし、手動でトレーニングを開始し、そのままブラウザを閉じて放置してしまうと、バックグラウンドで課金が続いてしまうリスクがあります。

「使い終わったら必ずコンソール画面でステータスを確認する」

「モデルの学習が終わっていることを目視で確認する」

この習慣を徹底してください。また、不要になったモデルは削除することで、微々たるものですがストレージ料金の節約にもなります。

家計に優しい範囲で楽しむためにも、コスト管理はAIエンジニアとしての大切なスキルの一つと捉えましょう。

目指せ世界!DeepRacerリーグに参加しよう

目指せ世界!DeepRacerリーグに参加しよう

一人で黙々とタイムを縮めるのも楽しいですが、DeepRacerの真骨頂は世界中のユーザーと競い合う「AWS DeepRacer League」にあります。

これは世界初の世界規模の自律走行レーシングリーグです。初心者から上級者まで、誰でも参加できるオープンな大会です。

1. バーチャルサーキット(オンライン)

自宅にいながら参加できるオンラインレースです。毎月新しいコースが発表され、世界中の参加者が自分のモデルを投稿(Submit)してタイムを競います。

参加方法は非常に簡単です。コンソール上の「Community Races」や公式リーグのセクションから、学習済みのモデルを選んでエントリーするだけです。レースはシミュレーター上で行われ、リアルタイムでリーダーボード(順位表)が更新されます。

  • **オープン部門:** 誰でも参加可能。まずはここから。
  • **プロ部門:** オープン部門で好成績を収めると昇格できます。

上位に入賞すると、AWSクレジット(利用料に充てられるポイント)や、オリジナルグッズなどの賞品がもらえることもあります。自分の作ったAIが世界ランキングに載ったときの高揚感はたまりません。

2. サミットサーキット(実機レース)

バーチャルな世界を飛び出し、現実世界で行われるレースです。「AWS Summit」などの大規模イベント会場に特設コースが設置され、物理的なDeepRacer(1/18スケールのラジコンカー)を使ってタイムを競います。

シミュレーターとは異なり、現実世界には「摩擦」「照明の明るさ」「バッテリーの残量」「通信の遅延」といった不確定要素がたくさんあります。バーチャルでは完璧だったモデルが、実機ではまったく走らないということも珍しくありません。

そうした現実の壁を乗り越え、実機が見事にコースを完走したときの会場の盛り上がりは圧巻です。他の参加者と交流し、情報交換ができるのもオフライン大会ならではの魅力です。

コミュニティに参加しよう

DeepRacerには活発なコミュニティがあります。Slackチャンネルやフォーラムでは、世界中のエンジニアが報酬関数のアイデアを共有したり、悩みを相談し合ったりしています。

困ったときはコミュニティに頼るのも一つの手です。多くの先人たちが、初心者の質問に親切に答えてくれます。仲間と一緒に学ぶことで、モチベーションを維持しながらスキルアップできるでしょう。

まとめ:ゲーム感覚でAIエンジニアへの第一歩を踏み出そう

まとめ:ゲーム感覚でAIエンジニアへの第一歩を踏み出そう

AWS DeepRacerは、単なるラジコン遊びでも、難解な学術研究でもありません。その両方の良さを併せ持った、最高の学習プラットフォームです。

本記事で解説したポイントを振り返ってみましょう。

  • **仕組み:** 「観察・行動・報酬」のサイクルで、犬のしつけのようにAIが学習する。
  • **報酬関数:** 「どう走れば褒められるか」をPythonで記述し、車の性格を決める。
  • **始め方:** AWSアカウントさえあれば、ブラウザ一つですぐにトレーニング開始。
  • **料金:** 従量課金制。無料枠を活用しつつ、停止忘れには十分注意する。
  • **リーグ:** オンラインや実機レースで世界中のライバルと競い合える。

AIや機械学習は、これからの時代に不可欠なスキルとなっていくでしょう。しかし、最初の一歩が重たくては続きません。まずは「車を走らせてみたい」「レースで勝ちたい」という単純な動機で始めてみてはいかがでしょうか。

試行錯誤しながら報酬関数を書き換え、シミュレーターを見守る時間は、まさに未来のエンジニアリング体験そのものです。

さあ、AWSコンソールを開いて、あなただけのDeepRacerをコースに送り出しましょう。最初のコーナーを曲がりきったとき、きっと新しい世界が見えてくるはずです。